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メジロマックイーン物語『栄光と挫折は紙一重』

第四章「盾獲り物語、第三幕」

「オグリキャップだぁ!さぁオグリ頑張る!」
「ライアン!ライアン!外からメジロライアン!外からメジロ、そして内にホワイトストーン」
「しかしオグリだ!オグリだ!オグリキャップ1着だ。オグリだオグリだ!」
「見事に引退の花道を飾りましたオグリキャップと武豊!!」

 テレビは叫び散らされた声と異様な光景を流し続けた。
 スタンドで泣きじゃくる人、叫び続けている人、言葉にならない想いを抱きながら10万を越すファンが、稀代の名馬オグリキャップに声援を送り続けていた。
 80年代から90年代にかけての大競馬ブーム。そのハイライトシーンにマックイーンの姿は無かった。

 菊花賞から4ヵ月あまりの時が経っていた。

 激戦と過酷なローテーションによる疲れもすっかり癒えたマックイーンは、復帰戦である阪神大賞典の最終追い切りを済ませ、古馬として順調なスタートを切ろうとしていた。そして彼の鬣越しからは、これまでとは違う騎手の姿が見えていた。

 陣営は重い宿命を背負ったマックイーンの新しいパートナーとして、若き天才、武豊にその手綱を託した。競馬史に燦然と輝く記録を塗り替え続けているレジェンドも、このときはまだ22歳の若者である。マックイーン陣営からの騎乗依頼を、彼も素直に喜ぶことはできなかったという。
 なにせ武豊に依頼されたのは「乗ってくれ」ではなく「勝ってくれ」。
 何年分もの想いが詰まった重い重い依頼を、武豊は快諾した。

 この年の阪神大賞典は、改装中の阪神競馬場に変わって中京競馬場で行われた。
 スタート前にスタンドからちょっとしたざわめきが沸き起こる。中山競馬場で行われた中山記念に出走していたメジロライアンが、ユキノサンライズにまんまと逃げられてしまったのである。
 だがそんなライバルの動向などもはや関係のない世界に、マックイーンと武豊は足を踏み入れていた。天皇賞を勝つまでは負けられない。すなわちそれは自分たちとの戦い、プレッシャーとの闘いを意味する。

「おっとゴーサイン粘る」
 小回り平坦という中京競馬場の特異のコース形態もあって、なかなかゴーサインを交わしきれなかったマックイーンだが、豊が軽く右ステッキを振るうと「スッ」と加速し、残り100mで勝利を確定させる。まさに磐石の横綱相撲で復帰初戦を飾るが、陣営にそれほどの喜びはなかった。
 武豊も口を真一文字に結んで、中京競馬場のウィナーズサークルへマックイーンを導いた。
 すべては天皇賞を勝ってから。
 誰も、何を語らずとも思いはひとつだった。

「さぁ押しながらマックイーン先頭に並ぶか!外からホワイトストーン。内にライアン!」
 天皇賞は菊花賞と同じような様相、だがこの日は幾分状況が違う。

 菊花賞の後、ジャパンカップ、有馬記念と勝てぬまでも古馬の強敵相手に堂々と渡り合い、復帰初戦の産経大阪杯を快勝したホワイトストーンは、菊花賞よりも積極的にレースを進め、力勝負でマックイーンに挑んだ。
 また中山記念でよもやの敗戦を喫したメジロライアンは、己の武器を最大限に生かすべく、後方待機で直線の脚に全てを賭けた。
 そしてマックイーン。

 少し灰色がかってきた大きな身体と、まだ少年のあどけなさが残る天才ジョッキーは、プレッシャーという名の目に見えない敵と懸命に戦っていた。
 直線に入り、一発、二発と武豊がムチを振るう。
 迫り来る影はライアンでも、ホワイトストーンでもなく重圧だった。一歩ずつ近づいているはずのゴール版が、なかなかその距離を縮めさせてくれない。それでもこの日のストーリーは確実に最終章へと差し掛かっていた。武豊が三度ムチを振るう。

「マックイーンだ! マックイーンだ! ホワイトストーンは伸び切れない」
「そしてミスターアダムス! 内からライアン! 内からライアン! だがマックイーンだ!」
「やった!武豊! 祖父メジロアサマ、父メジロティターンにつぐ親子3代天皇賞制覇の偉業達成です!」

 1990年4月28日、晴天の京都競馬場。
 第103回天皇賞春をマックイーンが制し、ここに北野豊吉が夢見た親子3代天皇賞制覇の物語が完結した。豊吉が他界してから6年。そしてメジロアサマが引退してから17年もの年月を経て達成された奇跡。
 武豊は安堵感に満ち溢れた表情で、マックの頭上に豊吉の遺影を掲げた。

 だが緩みきった緊張感がマックイーンにささやかな抵抗を許す。突然「ガァァー」と立ち上がり、口取り用の手綱を持っていた北野ミヤ氏に尻餅をつかせてしまう。
「勝ったんだからもういいじゃん。何でもいいから早く開放してくんないかな」
 人が勝手に作った偉業なんてしったこっちゃない。
 周りのことなんて気にしないでマイペースに生き続けたマックらしい一面が、そこにあった。

第三章「宿命」 第五章「意地」
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