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メジロマックイーン物語『栄光と挫折は紙一重』

第八章「新たな輝きと狙う黒い弾丸」

 92年、春のグランプリレース宝塚記念に2強の姿は無かった。
 トウカイテイオーは天皇賞後に、そしてマックイーンは宝塚記念を目前に骨折を発症していた。世紀の決戦の代償はあまりに大きすぎたのである。

 2強を失った宝塚記念は、天皇賞春、安田記念と違う距離カテゴリーのレースを連続して2着となり、悲願のGI 制覇に燃えるカミノクレッセが、今まさに栄冠を手にしようと勢い良く4コーナーを周ろうとしていた。
 だがそこからなかなか前との差が詰まらない。南井が手綱を必死に動かしてカミノクレッセを励ますが、懸命に逃げる一頭の鹿毛馬をどうしても捕まえきれない。もう後続の足音は聞こえない。だが前との差も絶望的に離れていた。

 頭の高い不恰好な走りでゴールへ一目散と逃げ込んだ彼は、マックイーンとライアンと同じメジロ牧場の87年生まれ組『輝峰』だった。同期の中でも最も目立たない存在と言われていた『輝峰』は、この大舞台で「あっ」と驚くGI 初制覇を果たす。

 既に重賞を勝っていたように実績がまったくなかったわけではない。だがこの勝利は多くの人に驚きを与えた。しかしながら驚きの中で、冷静に『輝峰』の強さを感じ取っている者もいた。マックイーンのパートナー、武豊もその一人である。

『輝峰』は世紀の大決戦で先導役を務めていた。マックイーンがスパートをかけたときに、内でなかなかギブアップしない『輝峰』の姿を見て、武豊は「只者じゃない」気配を感じ取っていたという。直後にGI 制覇することを確信していたかは定かでないが、豊の眼には『輝峰』の勝利がまったくのフロックだとは映っていなかった。

 そのことは後に『輝峰』がこの年の有馬記念をも制することで証明されることとなる。
 メジロパーマーと名付けられた『輝峰』は、華々しく活躍を続けてきた同期生たちから一歩遅れて表舞台に姿を現した。

 秋。
 遅れて頭角を現してきた同期生にまるで襷を手渡したかのように、ライアンが現役を退くことになった。ライアンはこの年の日経賞を制し、世紀の大決戦に乗り込もうとしていた矢先に持病の屈腱炎を再発させていた。懸命の治療が続けられたが、残念ながら競走馬にとって不治の病と言われているこの怪我に、ライアンは勝てなかった。

 骨折療養中のマックイーンに変わり、この秋の競馬の話題をさらったのが、骨折の癒えたトウカイテイオーと、前年のテイオーに続いてまたもや無敗で2冠を制したミホノブルボンだった。

 ミホノブルボンは坂路の申し子といわれた故戸山為夫調教師が、調教師生活の晩年に送り出した最高傑作馬である。地味な血統ではあったが丈夫さが売りのミホノブルボンに、戸山は過剰なまでのハードトレーニングを課し、そしてブルボンもその厳しい鍛錬に耐え抜き、距離不安を囁かれながら無敗で皐月賞とダービーの2冠を制した。

 2冠を制した名馬に対しても、戸山の姿勢が変わることはなく、目前に迫った3冠最後の菊花賞を前にして、戸山はさらに厳しい調教メニューをミホノブルボンに課した。連日のように坂路を3本、4本と駆け上がるその姿は、もはや狂気の沙汰と化していたが、しかしながらミホノブルボンはそれすらも耐え抜き、復帰初戦の京都新聞杯を圧勝する。
 いよいよ高まる3冠への期待。

 一方のトウカイテイオーは、府中の舞台に姿を見せていた。マックイーンよりも比較的軽い骨折だったテイオーは、秋の天皇賞で戦線に復帰。
 マックイーンもミホノブルボンもいないこの地で、テイオーが負ける姿を想像しているものはいなかった。10ヵ月ぶりの休み明けでも、まったくの馬ナリで産経大阪杯を制したことを考えれば、それも自然なこと。
 しかし誰しもが描いた青写真は、スタート直後から徐々に色あせていく。

 抜群のスタートを切ったダイタクヘリオスに絡んで行ったのは、何とテイオーだった。懸命になだめようとする岡部の意に反し、テイオーはダイタクヘリオスに絡んでいく。一度火がついたら手が付けられなくなるダイタクのハートが、テイオーの動きで一気に点火してしまう。
 自爆にも近い形で2頭は暴走し、やがて直線半ばで馬群へと沈んでいく。

「レッツゴーターキン、ムービースター! レッツゴーターキン、ムービースター! レッツゴーターキンだぁ!!」
 テイオーがまさかの惨敗。だが神の悪戯は、翌週の菊花賞でも波乱を巻き起こす。

 2冠のレース全てでハナを切っていたミホノブルボンは、3冠目にして初めて他馬に前へ出ることをを許す。松永幹夫が駆るキョウエイボーガンが無理矢理に前へ出たのだ。戸山は双眼鏡を覗きながら呟いた。
「どんなにハイペースになっても、下手に抑えずブルボンのペースで行かせろ」

 だが玉砕に近いペースで逃げるキョウエイボーガンを、ミホノブルボンと小島貞博は深追いしなかった。小島にしてみれば「何処かでペースを落とさないとスタミナが持たない」という不安があったのだろう。
 しかし戸山には「どんなペースで逃げても大丈夫」という圧倒的な自信があった。
 そんな微妙な心境の違いから生まれたギャップを、ライスシャワーに乗る的場が見逃しはしなかった。

 ダービー2着、京都新聞杯2着とミホノブルボンとは勝負付けがすんでいるはずのライスシャワーだったが、屈指の長距離血統をバックボーンにこのレースでの一発逆転を狙っていた。
 4コーナーに差し掛かり、ようやくいつもの場所を奪い返したミホノブルボンだったが、すぐ直後には小さな黒い影が迫っていた。
「あぁ~という悲鳴に変わりましたゴール前……遂に遂に3冠街道ゴール前、菊花賞の舞台でミホノブルボンを捕らえました。8番のライスシャワーです」
 ミホノブルボンはゴール手前でライスシャワーの強襲に屈して2着となり、3冠の夢は潰える。

 圧倒的強さを誇っていた無敗の2冠馬が、まさかの敗戦。
 だが「まさか」が「まさか」でなかったことが証明されるまで、時間はさほどかからなかった。

第七章「地の果てまで駆ける馬 天まで昇る馬」 第九章「斜陽」
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